先日、毎日.jpにこのような記事がありました。
【後輩の裸撮影:容疑の中2女子書類送検 岐阜県警】
http://mainichi.jp/select/today/news/20100806k0000e040060000c.html
私が学生の時にもいじめというものはあり、当時も陰湿なものなどがありましたが、
あくまで苛めのテリトリーは『学校内』もしくは『学生を取り巻くごく一部の環境下』で行われているものでした。
インターネットの普及により、遠く離れた他者との情報の共有が出来るということは確かに実生活の中で非常に便利なのですが、
こういった、いじめ等の『他者を辱める』行為に使われることは、普及させることを急ぎすぎた結果とも言えるのではないかと思います。
と、ここまではいわゆる今の学生をとりまく環境についての考察なのですが、
私がこの記事を見て気になったのはむしろ加害者である女子生徒5人の言葉でした。
-記事内より引用-
同課によると、女子生徒5人は「こんな大きなことになるとは思わなかった。後悔している」などと話しているという。
彼女達の言葉を読んで思ったのが、「彼女達は何に対して後悔しているのか?」でした。
「こんな大きなことになるとは思わなかった。後悔している。」という言葉はいじめという行為にではなく、それが大事になったことに対しての反省であり、
「相手に対する謝罪」ではありません。
極端な話、「ばれなければよかったのに」と言っているように感じました。
記事内でも書かれているとおり、今回の事件は書類送検となりましたが、
彼女達5人は今後「自分達の行為を反省する機会」を得ることは出来るのでしょうか?
当の彼女達を置き去りにしたまま、周りの大人たちが収拾をつけ、彼女達心の中に、
「ばれた」
「怒られた」
この2点しか残らないということはないでしょうか?
後悔をする機会ではなく、反省をする機会を与えることを今の教育はもっと意識しないといけないのではないのでしょうか?
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